Chapter:00 「TesTamenT 〜或いは、起こるで有ろう未来の予測〜」

彼は、意識を取り戻した。
同時にハウリングの様な音が断続的に耳を刺した。
まるで外界の音全てが自身の耳に流れ込んで来るかの様に、大きく。
この残響音だけで、また気を失ってしまいそうだ。

たった数分前までほぼ無音だった世界---研究室に、轟音と同時に放たれた銃声。
…いや、銃声と呼ぶにはあまりにも大きすぎて、今でも脳内に響くかの如く残っている。
まるでそれは、頭の中---ひいては、自身の身体の中から発生されたものの様に、それは彼を苦しめる。

微かなうめき声を上げ、少しずつ閉じていた目を開いていった。
その瞬間、正面からヤケに明るい光が射し込み、目がくらむ。
しかし、その光から目を反らそうとしても思い通りに自身の身体は正常に機能しなかった。

人間の脳は物事を考え、決断し、各部位に情報を伝達する。
脳から伝達された決定事項を、各部位は実行する。

だが考える事は出来ても、それを伝達する事は出来ても、もはや自分の身体はそれを実行しなかった。

冷静に---と言っても、この状態では最早騒ぐ事すらも出来ないのだが---今の状況をわずかながらの情報から判断してみる。

自分は今、床に倒れ伏しているのは間違いない。
左頬を冷たい床に付け、身体は仰向けにだらしなく横たわっている。
微かに感じる左手に触れた部分が、先ほどまで自身が操作していた端末で有る事も分かる。
そして床の無機質で冷たい感触、同時になま暖かい液体が自身の身体を中心に、水溜まりを作っている事。

---それが、己の身体から溢れている、血液で出来た血の池である事も。

数分前---実際どれだけの時間気を失っていたのか分からないのだが---得も言われぬ気配を感じ、
作業していた手を止めて恐る恐る右を向いた瞬間だった。
轟音と共に突如起こった銃声と小規模な爆発---人間にとっては充分大きい物だが---によって、
自分の身体が左に吹っ飛び、勢い良く端末に打ち付けて、そのまま倒れ込んだのだろう。
とすると、目の前のヤケに明るい光はサブ端末のモニター光だと判断できる。

うつろな目を動かして、見える範囲だけでも視界に入れていく。
今、メインコンピュータ室は数台のモニターや端末の光を残しているのみで、後は無惨な破片を残すのみだった。
意識を取り戻してから呼吸する度に体内に取り込まれていく焼けこげた臭いは、破壊された端末群の物だろう。
モニター光に照らし出され姿を浮き上がらせた黒い煙がそこら中から濛々と噴きだし、所々でケーブルが切断され、断面では幻の様に綺麗な火花が散っている。


果たして、倒れ込んでからどれだけの時間が経ったのだろうか。
銃声音の主が何の目的でこの研究所を襲ったのかは、この時代に生きる者なら容易く予測出来た。
だが、そのどれもが自身の身にとって安全でも何物でもない事で有ることなど、この現状を思えば嫌でも分かってしまう。
自分はこのまま、死に逝くのであろう。
敵の目的が何であれ、破壊活動を起こしている以上少なくとも、目標は研究所の破壊及び研究員の殲滅。


---もしくは、自分のみが知り得る『パスワードの入手』。


どちらに転ぼうと、自分の命が尽きるのは最早避けられない。

残っていた銃声と爆音のハウリングが消え、周囲の音が耳に入ってくる。
耳に、漸く現実の音が戻ってきた。

バチバチと火花が散る音が、まず耳に入ってくる。



『…パスワードを言え』



暗い闇の中に、いくつもの点在する光がある。
規則正しく点滅するものもあれば、光り続けているものも。

その中で、ひときわ激しく輝く、赤い光があった。
激しく輝く、その赤い光から、その音は出ていた。


前方にある赤い光。
良く見れば下の方に鮮やかな緑色の光も見える。

大きさは自身の身長を遙かに超えているだろう。
自分もそんなに小さい方では無いはずなのに。
それは遙かに、とても大きかった。

「やめろ・・・」
息を吸うのが苦しい。
呼吸をする度に、胸の当たりが痛む。

目の前の巨人は動かない。
微動だにしない。しかし、それから聞こえてくる重圧的な音は
耳に入るだけでもこちらに圧倒的なナニカを与えてくる。

「ダメだ・・・『アレ』に近づくな・・・」
普段の大きさの声が、今は全く出ない。
何か話そうと息を吸うと、まるで風穴から漏れてくる風のような音が口から漏れる。

胸からは止めどなく、血が流れ続けている様だ。

目の前の巨人が、動いた。
一歩動くたびに、部屋中に轟音が響く。
断髪的な地震の様に、部屋が揺れる。

「・・・パスワードを言え」

部屋に響く音に混ざって、聞き覚えのある声が響く。

「ダメだ・・・『アレ』は誰の手にも・・負え・・ん」

意識が遠のく。
同時に声が掠れていく。

息が苦しい。
たった一小節の文章を口から出すだけでも相当の重労働だ。

「もう一度だけ言う。扉を開くパスワードを言え」

再び声が聞こえる。
昔から何度も聞いたことのある声。

「言えん・・・」

自分ではキッパリと言い放ったつもりでも、
耳から聞こえる自分の声でもハッキリと分かるほど、
その声は小さく、掠れていた。

機械音を上げて、目の前の巨人が動く。
今ではもう、部屋中の様子はよく見えるようになっていた。

目の前の巨人=ACは、右手をゆっくりと上げた。
手にはレーザーライフルをもっている。
ゆっくりと上げられた右手は、やがて自分に狙いを定めた。

目の前にライフルの銃口が突きつけられる。

「・・・言え。さもないと、死ぬだけだ」

3度目の命令。言葉からにじみ出るのは、冷たい、そして威圧的な物。
それだけではない。
なにか、憎しみすら感じる。
一体何に対して憎しみを覚えているのか。
それはACの中にいるパイロット---レイヴン本人にしか分からない。

出来る限り、息を吸う。
しかし、吸う先から、咳と共に吐き出す。
その咳には血も混じっていた。

「・・・誰にも・・・『アレ』は使え・・・る・・・モノでは・・・ない・・」
「分かっている。だから、俺が使ってみせる」
「無理だ・・お前にも・・・だか・・ら・・」
「・・・もういい。直接メインコンピューターから引き出すまでだ」

銃口が下げられる。と同時に、ACは踵を返し、出口の方へと向かった。
今ではもう、出口と呼べるモノはあまりの破壊された後なので無いのだが。

「だめだ・・!やめろ!!・・・月に・・・『BEAST』に近づいてはならん!!」

既にその声は、ACには届かなかった。
すさまじい熱量がACの背中部分から発せられ、やがてものすごい勢いでACはその場を去った。

「ライ・・・な・・・す・・・」

声は次第に小さくなり、呼吸音も不規則になり、
やがて、消えた。


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